コラム

香る蒸留水とは? 精油を抽出するときに得られる副産物

ローズウォーターに始まる芳香蒸留水は、バラの主産地だったアラビア半島で蒸留法が開発され、薬用やスキンケアに利用されました。十字軍の遠征で、シリアから西ヨーロッパに伝えられたようです。13世紀にはバラが栽培されるようになり、蒸留技術が改良されて生産量が増え、アラブ諸国、インド、中国へ輸出されました。15世紀から16世紀にかけて、蒸留法は錬金術師から薬剤師へ担い手が代わり、治療薬として内服外用、スキンケアに珍重されました。17世紀に新しくラベンダーウォーターが登場し、シトラス系の香料を配合し、オーデコロンの原型になりました。18世紀は約200種の芳香蒸留水が使用されていた絶頂期でしたが、19世紀から登場したアロマテラピーは精油に重きを置いたため、芳香蒸留水は重要視されなくなりました。

江戸時代の「花の露」は、日本版ローズウォーター。

遠いかの地の話のように思いますが、江戸時代後期に書かれた美容本「都風俗化粧伝」には、「花の露のとりよう」として、ノイバラの花から化粧水を作る方法を紹介しています。蘭引(らんびき)と呼ばれる陶器の蒸留器に、水と花びらを入れ火にかけて蒸します。花の成分を含んだ蒸気が上の容器に溜めた水で冷やされ、結露したものを化粧水として使いました。「化粧してのち、はけにて少しばかり顔へぬれば、光沢を出し、香をよくし、きめを細かにし、顔の腫物をいやす」と効能が書かれています。

ノイバラは日本のノバラの代表的な種で各地の山野や河川敷に自生し、実を乾燥したものをエイジツといい、古くから生薬として用いられています。この「花の露」は、まさに日本版のローズウォーターで、化粧水として使われていました。水蒸気と複合した芳香蒸留水の芳香成分は、香りにみずみずしさが加わり、日本人の感性に合う香りだと思います。

ハーブウォーターの本来の定義は、ハーブの水蒸気蒸留により得られる芳香成分を含む水です。しかし、水に精油を混ぜたものもハーブウォーターとして販売されています。さらに、芳香蒸留水、ハイドロゾル、フローラルウォーター、イドロラ、アロマウォーター、アクアロムと呼ばれることもあり、いろいろな名前があって混乱してしまいます。ローズに始まり、ビターオレンジ、ラベンダー、カモミールなど、花を蒸留したものが初期に多かったのでフローラルウォーターとも呼ばれ、ハイドロゾルは旧フランス薬局方で精油ではなく芳香蒸留水を得る目的で水蒸気蒸留したものを指します。個々の名称はハーブ名+ウォーター(水)で、ローズウォーターやカモミールウォーターなどと呼ばれます。

水蒸気と複合した芳香蒸留水の芳香成分は、香りにみずみずしさが加わります。

芳香蒸留水はその言葉通り、香ること、蒸留水であること。蒸留とは、沸点の違いを利用して物質を分離する技術ですが、水蒸気蒸留は水蒸気と共存させることで沸点が100℃以下で蒸留することができます。沸点の高い物質や熱に不安定な物質、しかも水に溶けにくい物質の蒸留に使われ、精油の抽出方法として最も一般的に行われています。ハーブを水蒸気蒸留すると、ハーブに含まれる揮発性成分と水溶性成分が溶けこんだ水蒸気ができ、それを冷却すると比重の違いから水と精油の2層に分かれた液体になり、精油を分離するとハーブの主に水溶性芳香成分と微量の精油が残る、香る蒸留水が得られます。精油を水蒸気蒸留で抽出するときにできるこの副産物が、芳香蒸留水です。

芳香成分を希釈せず、そのまま肌につけることができる。

芳香蒸留水の歴史は化粧水の歴史とも言われ、古くからスキンケアに使われてきました。成分濃度が精油とくらべ0.01~0.1%で極めて低いので、精油のような禁忌事項がほとんどなく、希釈せずにそのまま肌につけることができます。保湿やエモリエント効果に加えて、収れんやピーリング、かゆみ止め、抗菌効果など芳香成分の効果が期待できます。

芳香蒸留水には、芳香成分が精油と似ているものと、似ていないものがあります。精油に含まれる芳香成分が主に水溶性の場合は、精油に似たものになり、主に油溶性の場合は精油中には少ない水溶性芳香成分が芳香蒸留水に含まれてくるので、精油とは異なります。

精油が水に溶ける?意外な感じがしますが、精油は様々な芳香成分を含んでおり、水に若干溶けるものと全く溶けないものがあります。それぞれの芳香成分は官能基によってグループ分けでき、同じグループは同様の性質を持つと考えられます。水に最もよく溶けるグループは、1リットル中に1gまで溶けるフェノール類で、モノテルペール、アルデヒド、ケトン、オキサイド類の成分が水に溶け、芳香蒸留水に含まれてくる成分です。

レモンマートルの精油は、抗菌力の高いシトラールを約90%含んでいます。シトラールは水に溶けやすいアルデヒド類、レモンマートル水も精油に似た抗菌効果が期待できます。レモンマートルのように、芳香蒸留水と精油に含まれる主要芳香成分が似ているハーブ(分析例)には、ジャーマンカモミール、ネロリ、ペパーミント、レモングラス、レモンバーム、ゼラニウムがあります。

一方、ヨモギの芳香蒸留水と精油の分析例では、含まれる主要芳香成分が異なっています。精油には水に溶けないセキステルペン類が多く、ヨモギ水には水に溶けるモノテルペノール、ケトン類が多く含まれ、抗菌や収れんといった効果が期待できます。ヨモギのように、芳香蒸留水と精油に含まれる主要芳香成分が似ていないハーブ(分析例)には、ユズ、ラベンダー、ローマンカモミール、ローズがあります。

『よもぎと檸檬マートルのハーブ水』をお試しされた方が、「化粧水が匂うのは新鮮」とおっしゃったように、みずみずしくハーブが香る化粧水は珍しいかもしれません。香る蒸留水で、毎日のスキンケアに自然の香りを取り入れてみませんか?

  • 参考文献
  • 「サイエンスの目で見るハーブウォーターの世界」井上重治
  • 「都風俗化粧伝」(東洋文庫)
  • 「アロマテラピーを学ぶためのやさしい精油化学」E・ジョイ・ボウルズ

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